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ある日の休日 -春香の場合-


料理用の温度計が壊れたとメールが来たのが2月。
あれから仕事が忙しくて時間が空いてしまったけど……

「プロデューサーさーんっ、お待たせしました!」

笑顔の春香がピンクのリボンを揺らしながら現れる。満面の笑み。
だが……見つめる俺の視線に気がついたのか恥ずかしそうに呟く。

「……プロデューサーさん、そんなに見つめないでくださいよ。照れちゃうじゃないですか……」

スッと俺は春香の肩に手を置き抱き寄せる。
一瞬、ドキッとして顔を真っ赤にする春香。搾り出すような声が聞こえる。

「ぷ、プロデューサーさん……急に、その……心の準備が……」

それでも俺を見上げて目を閉じて唇を突き出す春香。

「いや、違うんだ」

頭についた桜の花びらを払う俺。
背中にも花びらがくっついてる。パンパンと叩くと花びらは舞って落ちる。

「春香、急いでるのはわかるけどな。桜の花びらだらけだぞ?」

俺の言葉に、キョトンとして……目を閉じて「うーっ」と声を押し殺す春香。


「うーっ!ぷ、プロデューサーさんのバカー!ちょ、ちょっと期待しちゃったじゃないですか!」

そんな春香の声は、桜の花びらが舞う空に吸い込まれていった。


──しばらくして──


春香はちょっと怒りながら俺と一緒に歩く

「いや、ほら。頭にたくさん花びらつけたままで歩けないだろ?」

「それはそうですけど……でも、あんなのひどいですよ!」

何がひどいのかわからないが、ともかく春香を怒らせてしまったのは確実らしい。

乙女心はわからんよ、本当に……
プロデュース中に何度思ったか分からない。そんな思いに駆られる俺。
ま、そこがかわいいところでもあるんだけどな……目を細める俺を見て、また春香は怒る。

「あーっ!またそうやって!プロデューサーさんひどいですよ、バカにしないでください」

「し、してないって!してないしてない!」

「しーてーまーすー!」

そんなやり取りをしながら目的地に着いたのに気がつく俺。

見上げると、古いながらも重厚な佇まいの老舗デパート。
お客さんは少な目だが本当にいいものを売る隠れた名店だ。

「春香、ついたよ。今日の目的地はここだ」

「えっ…………ここ、って?」

春香も見上げて息を呑む。
このへんに住んでる俺でも老舗の佇まいに圧倒されるのに、地方から出てきた春香ならもっとだろう。
あっけに取られている春香の肩をポンポンと叩いて一緒に店内に足を運ぶ。


「すごーい……」

貴金属売り場を抜けて婦人服、紳士服、寝具など売り場を通り過ぎる俺と春香。
しばらくして、お目当ての厨房用品の売り場につく。

「さ、今日の目的地に到着ですよ。お嬢様」

「か、からかわないでくださいよ!って……わー、すっごいステキ」

整然と並べられた銅の調理器具。その向こうには銀色の調理器具が並んでいる。
黒い鉄の鍋や白い食器、ライトを反射してキラキラ光るその場所を、春香もまたキラキラした目で見つめる。

「2月に言ってただろ?料理用の温度計割れちゃったって」

「……えっ?あ、あっ!あ、は、はいっ!メール、メールしました」

キョロキョロと周りを見ながら俺の言葉に答える春香。
フロアの奥のほう。そこで立ち止まり指差す。

「で、ここならあるかな?って思ってね」

俺が見てもわけのわからないメーターにしか見えないものから変な指揮棒状のものまで。
事前に電話で聞いたときにはここだって聞いてたけど、未だに自信はない。

「わぁー…………」

だけど、キラキラした目で見つめる春香を見て、安堵の溜息をそっと漏らした。


「ほら。仕事も頑張ってるし、なんていうのか……今日だからな、プレゼントってことで」

「…………あっ、誕生日!!あっ、ありがとうございます!プロデューサーさんっ」


熱心に見つめる春香。
その後姿を、俺は静かに見守っていた。

そのうち、悩みながらも一つ手に取り俺に手渡すと恥ずかしそうに続ける。

「ほんっとーに……ありがとうございます!」

答える代わりにポンポンと頭を撫でて会計を済ませる。
その間もキョロキョロと周りの厨房用品を見回している春香。

その様子に、少しほほえましく思いながらも声を掛ける。

「もう少し、見て回るか?」


──それから2時間後、少し後悔する俺──


「ふふっ。わかってないなぁ、プロデューサーさんは。女の子は全部見たいんですよ」

「はぁ……そういうものなのか?」

厨房用品フロアをウロウロ。
その後婦人服を覗き見て、なぜか家具売り場に寝具売り場を見て回る。
最後に化粧品と貴金属のフロアを見て回りたいという春香の言葉に、少し休憩をお願いする俺。

「そうなんですよ。ウィンドウショッピングってあるじゃないですか」

「……見るだけ、試着するだけ、何も買わずに……って、俺にはやっぱりわからんよ」

ニコニコしながら春香はジュースを手渡してくれる。
ふと見渡すと、疲れた姿のお父さんや若い男が同じように座っている。

……男はそんなもんなんだろうなぁ……

目の前に広がるフロアを嬉々として歩く手ぶらの女性たちの姿を見ながら溜息しか出ない。


「あの……プロデューサーさん。私、一人で見てきましょうか?お疲れのようですし」

「……いや、俺も行くよ。ここまでくれば、な。それに春香の誕生日にコレじゃ悪いよ」


笑いながら氷を噛み砕くと俺は立ち上がり春香と一緒にフロアに向かって歩き出した。
案の定それから1時間、たっぷりと宝石と香水、化粧品という俺にとってはさっぱりなフロアを歩き回ったわけだが。


それでもいくつかの化粧品を試す春香は楽しそうだったし、
何人かの店員にはコソコソと「あれ、春香ちゃんじゃない?」なんて言われたりしていた。
有名になってきたのも悪くないが、こんな風に自由に出歩いてショッピングできるのも
もうすぐ終わりなのかもしれない。そいう思うと、なぜか悲しくなった。

悲しむ必要なんてない、むしろ喜ぶべきことなのに。
俺は、こうやって春香と歩けなくなるかもしれないという気持ちに気づいてしまった。

「かわいいなぁ……」

と、春香の声で現実に戻る。口紅をつけてもらって鏡に見入っているようだ。
薄い桜色の可愛らしい口紅をつけた春香……なんだかいつもより数倍かわいく見えた。

「そういえば昔、口紅選んだことあったよなぁ……」

「そうですね。あの時もこんな風な色でしたっけ?」

明るい春香の声。うれしそうに俺を見上げるのを見て「買ってやろうか?」と声を掛ける。
驚くとともに首を振るが、やっぱり鏡を見てニコニコしている。

「じゃ、貰います。それ、ええ、会計は僕のほうが……」


上品な女性店員からケースに入った口紅を受け取ってニコニコとする春香。

「あー……楽しかったです。ほんっと、久々にデパートなんて来ましたよ」

口紅と料理用温度計。大事に抱えて春香は声を掛けてくる。
日も落ちかけて夕闇が忍び寄る。そんな中、俺と春香は並んで歩く。

「へへ、でも誕生日プレゼントに口紅とお料理の温度計だなんて……」

「はは……すまんな、街で噂のアイドルにこんなプレゼントなんて」

「いいえっ、うれしいんですよ!プロデューサーさん!」

にっこり笑って俺を見上げる。
そのまっすぐな瞳に、ちょっと恥ずかしさを覚えて目をそらすと視界がピンク色に染まった。

「お、桜並木だ……ほら、春香。花見してるぞ?」

指差した方向には、公園の桜並木が広がっていた。
そこかしこで赤い顔のおじさんがカラオケを歌ったりお酒を飲んだり。
ベンチではカップルが楽しそうにおしゃべりしてたりしている。

「……あっ、そうだ!プロデューサーさん、ちょっと待ってていただけます?」

池の前にあるベンチに俺を座らせるとダッシュでどこかに行ってしまう。

しばらくすると、走って帰ってくる春香。
って、お前そんなに走ると!

こけそうになる春香を抱きとめる俺。
俺の胸の中に春香の顔がぶつかり、少しよろめいてしまう。

「こらっ、お前はあせって走るなよ」

「すっ、すみません!プロデューサーさん……その……も、もう大丈夫ですよ」


抱きしめる形になっていたのを思い出して慌ててベンチに座りなおす。
恥ずかしそうに春香も隣に座る。

「へへ、ちょっとうれしかったりします……って、あ、えっと、コレ」

カサカサと袋の乾いた音ともに取り出されたのはプリン。
はい、と俺に手渡して微笑む春香。

「前に送ったメールで言ってたコンビニスイーツですよ、プロデューサーさん」

「とろぷるプリン……へー、不思議な名前だなぁ」

プラスチックのスプーンを取り出すと手渡しつつニコニコと見つめる春香。
ありがたく受け取ってピリピリとフタを開くとぷるぷるとしたプリンが姿を現す。

「へー、おいしそうだな。……あれ?春香のは?」

「えっ?私はいいですよー。前にプロデューサーさんにメール送ったの思い出しただけですから」


──これは……まぁ、そういうことかもしれないな。


朝のことを思い出して、プリンをひとすくい口に運ぶ。
ぷるぷるした外見とは違い、中はとろとろのとろけるプリン。
名前に偽りなしだな……そしてもうひとすくい。

「春香、あーん」

ニヤッと笑って春香の前にスプーンを突き出す。
驚きつつも待っていたのか口を開く春香にスプーンを咥えさせる。

「んっ、やっぱり美味しいですよね。プロデューサーさん!」

その笑顔に見とれながら、二人でプリンを食べる。
食べ終わってからもボーッと桜を眺める、そんなのんびりとした時間。

この時間がいつまでも続けばいいのにと思う俺。
そうするうちに夕日でキラキラした水面がだんだん色を失って夜の帳が下りてくる。


これからもトップアイドルへの階段を駆け上がる春香とこんな時間を持てるのか?
そもそも、こんな風に春香と心を通わせるのはいいことなのか?

当然の疑問。

いろいろ悩むうちに、ふと腕に寄りかかる重さを感じる。
見ると春香が俺の腕に寄りかかって居眠りしている。

その寝顔がかわいくてほっぺたをつつきながら、俺は改めて考えをめぐらす。

どんな答えを出すにせよ、春香は俺にとって大事なパートナーであることは変わりない。
その意味が、どういう意味を持とうが、こいつのために全力を尽くさないとな。

「よしっ」と気合を入れると、春香を起こす。

「春香、そろそろ事務所に帰るぞ」

「ん……ぷろでゅーさーさーん……」

眠そうな目を擦りつつ立ち上がる春香。
ふらふらしている春香をそっと抱きとめるとオデコをつつく。

「起 き ろ、春香」

「ん、んゃ……ふぇ…………はぁーい」

その様子を笑いつつも、やっぱりこの時間がいつまでも続けばいいのにと思う俺だった。





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