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雪解け
千早Bランク以上でランクアップコミュを見たプロデューサーさんだけ、見てくださいね。
「みなさん、私の歌を聴いていただいてありがとうございました……」
深々とお辞儀をしてステージを後にする千早。
今週のピックアップアイドルとして歌番組に出演させてもらえたのは相当評価が高い。
控え室でステージを見守っていた俺にとっても鼻が高い。
……どのくらいファンが増えるかな……とか、ちょっと期待してしまう。
「んなこたーない。んなこたー。で、千早ちゃんは普段はどんなことをしながら自宅で過ごしてるのよ?」
場面は変わってゲストトーク。広いソファーに今日出演していたもう一人の新人と千早が座る。
司会は大物芸人。千早のことだから緊張してないと思っているが……大丈夫か不安になる。
それに全国生放送なんてなかなかないチャンスなんだ。自然と拳に力が入る。
「あ、あの……えっと…………自宅ではずっと音楽を聴いたり歌の練習をしたり……」
「あ、そう。あ、そう。えーっと、近所を出歩いたりとかは?しない?あー、そう。あーそう。
で、最近聴いてよかったCDとかは?ほらー、千早ちゃんのクラシック好きは有名だからねー」
さすがは名司会者だ。千早みたいな新人のことまでチェックしてくれてる。
ぎこちないながらも終始クラシックの話をしてくれて、千早の方も話しやすそうだ。
でも、やはり話題が音楽に終始することで自然とトークは下火になる。
なにより千早の冷たく哀しいこわばった表情が気になってしまう。話をすることを拒否しているような、そんな瞳。
「で、……希くんは。えーっと、趣味とか最近ハマってることとかどうよ?」
「アタシはー、スキューバーとか始めてー……」
気がついたら、もう一人の新人に話題が移っていた。
とても活動的な女の子というイメージとあいまって緊張しながらもハキハキとしゃべるその子。
いろいろハッタリも混じっているだろうが、南の島でスキューバー、スノボにハンググライダー、そのほか多彩な趣味。
自然と司会者の方もその子とのトークに力を入れる。
結局、ゲストトークの半分以上、ヘタしたらほとんどの時間を奪われてしまった。
収録が終わって司会者やスタッフに挨拶をして戻ってくる千早。
その丁寧な物腰の中にも、なにか冷たいものが感じられるようでスタッフからはある意味儀礼的な挨拶が帰ってくるのみ。
「おつかれさま。ゲストトークはちょっと残念だったね。でも歌は完全に勝ってたと思うよ。」
控え室に戻ってきた千早に声を掛ける。
千早の歌声は現時点での完璧に近い。でも消極的に考えている部分がある。そして、それが一番苦手で致命的に足りない要素。
アイドルにとって大事だと思うんだけど、いまいち千早には納得してもらえていない要素。
「千早が歌で自分を表現するように、あの子はしゃべることで自分を表現してるんだなぁ」
「クッ……あんなの虚像です。あんな風にしゃべれなくても私は……」
またうつむいて唇を噛む。多分わかってるんだろう。
自分が歌で勝負するのと同時に、この世界ではああいった自己表現力も必須だってことが。
頭では分かっていても、行動に起こすことで自分が自分でなくなってしまうのが怖い。そのジレンマに納得できず動けない。
歌だけで勝負したい。歌だけで戦いたい。歌だけで勝ち抜きたい。
でも。この世界ではそんなわがままを言っていたら、歌だけで勝負する前に蹴落とされてしまう。
その日、帰りの車の中で千早は終始無言だった。
自分と同じ年ぐらいの子のある意味アイドル的な表現力。自分の歌声よりもキラキラ輝いて見えたのかもしれない。
────次の日────
「はい、765プロで……えっ?!千早っ?!お、おい、休むって!あ…………」
結局、千早は次の日のレッスンを休んでしまった。テンションが下がってしまっていたんだろう。
「ここ最近、如月くんは休みすぎじゃないのかね?」
社長の声も重くのしかかる。
人気が出始めるとともに歌を発表する場が増えるとともに、千早がしゃべらなきゃ鳴らない場面も多くなる。
その重圧に耐えてもらわないと、千早が本当にやりたい「歌だけで勝負する」ってことすら無理になっちゃうんだから。
……考え込むオレに社長が助け舟を出す。
「……そういえば、如月くんは引っ越したとか言ってたな。
一人暮らしは何かと大変だろうし様子を見に行ってみればどうかね?」
社長の言葉に俺の気持ちは決まった。
この前聞いた千早の家庭の事情……あれ以来、俺のことを信頼してくれているように感じる。
だからこそ、たとえ迷惑がられても。
事務所で住所をチェックして向かった先は小さな商店街の近く。
大きな川の側にあるこの古いマンションに住んでいるということなんだが……。
「こいつは……まるで……」
無骨な赤褐色の概観。一歩踏み入れた足先から冷たくなるようなコンクリートの壁面。
昼でも暗く寂しい廊下と重たい鉄の扉。
眼下に広がる公園で遊ぶ子供たちの声が、まったくの別世界のように聴こえる……
静寂が支配する寂しいマンションの姿がそこにあった。
意を決して千早の部屋をノックする。薄い鉄を叩く音が響き、少しの沈黙が支配する。
「……はい、どちら様でしょうか……」
小さな千早の声はあからさまに警戒している。まるで自分の家を訪ねてくる人間など皆無だと言わんばかりに。
「千早、俺だ」
「プ、プロデューサー?!……すみません、今日は休んでしまって……」
俺が尋ねてきたことは相当な驚きだったんだろう。声が上ずってしまっている。
しばらくして、ガチャッと重い音がして鍵を開ける千早。
「……扉越しに話すのも変ですよね。どうぞ、上がってください……」
ギギギィィと重たい音をさせながら開かれた扉の先には……やはり殺風景な部屋が広がっていた。
千早はパジャマのような薄い青の服を着て精一杯の笑みを浮かべて俺の前に立っている。
部屋に通された俺の目に飛び込んできたのは、大きなコンポと小さな白いテーブル。
ベッドとCDラック……クローゼットの扉があるぐらい。
あとは何もない。
本当に着の身着のままここに引っ越してきたことが分かる風景。
「何もない部屋なんです。私と同じ……」
ポツリと千早が呟く。こんな弱々しい声を聴くのは初めてかもしれない。
ちょこんとベッドに腰掛けて俺を見上げる千早の頭を撫でながら俺も隣に座る。
「……正直驚いた。あれから……その、元の家の荷物とかは?」
「元の家の荷物……。思い出の品なんて、私にとっては邪魔なものでしかありません」
だけど、その瞳は哀しそうに冷たく俺を見つめている。
「思い出なんて、残さないほうがいいんです……あんな哀しい思いをするぐらいなら今までもこれからも……」
「千早……」
しばし無言の時間が流れる。先に口を開いたのは俺のほうだった。
「なぁ、俺との思い出は……その、いらないもの……かな?」
ハッとした目で俺を見る千早。その瞳はキラキラとした涙のようなものが浮かんで、唇は固く閉じられている。
そっと千早の肩に手を置く。その手にすがりつくように頬を当てて目を閉じる。
「いいえ。私にとって、必要です。私には…………」
そこまで言ったところで俺の手に力をこめて、そのまま崩れ落ちる千早。
冷たい床の上に座り込んで、小さく嗚咽しながら泣き始める。
「っ、うぅ……私……あんな思いをしたくないんです……
もう二度と……弟を、家族を、そしてプロデューサーを……」
千早の前に座ってゆっくり背中を撫でる。スーツの腕に千早の涙が染み込み、そこだけ色が濃くなっていく。
嗚咽の声は少しずつ小さく、そして消えていく。だが、俺の腕をしっかりと握りしてしめて千早は動かない。
「プロデューサー……ありがとうございます。ありがとう……うぅ……」
「なぁ……なにもない、ってことはないぞ?少なくとも俺がいるだろ?」
それからしばらく千早の背中を撫でながら、俺はこの前以上に千早の言葉を、千早の心の内を聴いてた。
外に出ると、雪が降り始めていた。
伊達メガネと帽子で変装した千早に腕を組まれる俺。そんな変装してもバレるときはバレるんだがなぁ……。
「なぁ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、私がこの辺を歩くことなんてめったにないですから……それぐらい心も身体も引きこもってました」
商店街の入り口で小さなコロッケ屋。学校帰りの女子高生がキャーキャー言いながらコロッケを買う様子が目に映る。
千早をふと見ると、うらやましそうな表情をして見つめている。
「ちょっとぐらい、いいか」
店番のおばちゃんが俺のほうを見て、次に千早のほうを見てニヤニヤする。
「あーら、可愛い彼女さんねぇー。
アタシだってこの子ぐらい美少女だったらアンタみたいな男を捕まえてたんだけどねぇ?」
「うっせぇ!お前から惚れたんだろうが!兄ちゃん、どのコロッケ買っていくんだ?」
ちょっとオロオロしている千早を笑いながら、注文する俺。
「ほいよ、嬢ちゃん。……へへっ、もうちっとうまく変装しなよ?千早ちゃん」
手渡すときにウインク交じりで小声で注意してくれるおじさん。
驚く千早を見ながらおばちゃんが声をかける。
「ハハハッ、あそこに住んでるのなんか商店街中知ってるさ。
こんな風に来てくれるなんて初めてだからね……ヘンなのに捕まらないように注意しなよ!ほら、アンタッ、次のお客さんッ!」
ウインクするおばちゃんに「ありがとうございます」と言って俺のほうを見つめる千早。
ふと見ると、千早のマンションの下にあった公園が目に留まる。
歩いて噴水の綺麗な公園に来て、コロッケを食べる俺たち。
さすがに雪が降っているからベンチに座ってのんびりしてる人なんていないのが丁度いい。
本当においしそうに食べる千早を見ながら、時間を見ると午後4時。
「今日は……そうだなぁ。俺がなんか晩御飯に美味しいもの作ってやろうか?」
「い、いいんですか?……あ……その、私の家食器とか全然ないし……やっぱり……」
うつむく千早の手を取り、俺は商店街に戻る道に強引に進み始める。
「そのくらい。逆におそろいの食器でも買うか?」
俺の言葉に顔を真っ赤にして「そ、そんなことっ!」と反論しそうになる千早。
だけど、それから嬉しそうにおそろいのお皿やティーカップを選ぶ千早を見るのに時間はかからなかった。
商店街のみんなは本当に優しくて、千早の心を優しくほぐしてくれる。
食器と野菜と鶏肉と。たくさんの買い物をして部屋に帰ってくると嬉しそうに俺を見つめる千早。
「私、サンタさんって信じてなかったんです。でも、今なら信じられます……
こんな素敵な時間とプロデューサーに巡り合わさせてくれて、ありがとう……」
帰ってきて、二人で並んで人参の皮をむいて、タマネギを炒めて、ジャガイモを茹でて。
手取り足取り千早に教えながらシチューを作る俺たち。
ひと段落着いて、あとはコトコト煮込むだけになって……ポツリと窓の外の雪を見つめて呟く千早。
振り向いてそう言った千早の笑顔はとてもまぶしくて俺のほうが照れてしまう。
「メリークリスマス、プロデューサーさん」
「あぁ、メリークリスマス、千早」
暖かいシチューを二人でゆっくりと食べながらシャンパンで乾杯する。
普段と同じ静かな千早の部屋。でも、いつもとは違う暖かい風景が広がっている。
「ふふふっ、私……今、本当に幸せです……」
「今日だけだぞ?明日からビシバシプロデュースしてやるからな、ははっ」
俺の言葉に千早は満面の笑みを浮かべて答えた。
「私がへこたれると思います?ふふっ、望むところです」
────それからしばらくして────
「あらそうなの最近はクラシック以外に、へぇ。そうなのアタクシもジャズとかが好きでございましてね」
しゃべり上手な司会者が千早とにこやかに話す。
この前のテレビ放送がきっかけで呼んでもらえた番組だが、この長寿番組に呼ばれることは相当名誉なことだ。
「あらまぁそうなの。へぇ、最近は音楽以外にも趣味を持たれたなんて聴いてますけど、
アタクシもいろいろ趣味を持ってますのよ。例えば……」
まさにマシンガントークにふさわしいしゃべり口調。側で聴いてる千早も少し笑みを浮かべている。
司会者の話が終わったところで一呼吸置いて、身振り手振りを交えながら話し始める千早。
「最近は……そうですね。気を張り詰めすぎてたかなぁ、って思って。
その、ゆっくりお散歩しながらお買い物してお料理を作ったり……ちょっと憧れてたんです、そういう普通の生活に。
ふふっ、今日も帰りに買い物するんですけど楽しみなんです。近くのコロッケ屋さんとかいいんですよ?」
「あらあら、へぇ、まぁ。如月さんぐらいのアイドルでも可愛らしいところがあるのですのね。
そうですわよね、アタクシなんかいつも……」
モニターを見つめて苦笑しながら、俺は千早の自然なトークを見守る。
歌を唄うときと同じキラキラした瞳で話をしながら笑っている。
その瞳には、哀しい色も寂しい輝きもない。人を暖かくさせる瞳。
まっすぐ未来を見つめて、哀しみも喜びもすべての思い出を大切に生きようという決意に溢れている。
「……よかった……千早……」
そして、呟く俺の瞳には満面の笑みを浮かべた千早が映っていた。
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