〜私と薔薇野郎、その愛の遍歴〜
思えばあのとき、特売ワゴンの中の薔薇野郎に気をひかれたりしなければ、私は違う道を歩んでいたはずである。
薔薇野郎の魅力の虜となってからしばらくして、順調に布教活動を進めていた私と同志は、
薔薇野郎の攻略同人誌の制作を決意した。
その同志の中に、なぐらせんせいというアヤシげなペンネームの男がいる。肩書は外報部長。彼に与えられた最大の任務は、開発スタッフとコンタクトを取ることであった。
彼はまず、ソフトに書かれていたヴァージン・インタラクティブ・エンターテインメント・ジャパン
(もともとは、飛行機を飛ばしたりCDを出したりもするアメリカの大会社。現在、日本ではコンシューマーから撤退したようだ。それはともかく名前が長い。以下ヴァージン)
に手紙と同人誌掲載用のアンケートを送りつけた。ターゲットの名はすでにスタッフロールで確認してある。
開発の中心人物と思われるのは斉藤智晴氏。(・・・あっ、実名出しちゃった。でもまぁいいや、神様だし)
もともと玉砕覚悟の企画だったのだが、数日後になんとヴァージンの社員さんからメールが届いた。その社員さんの名は、ここでは仮に金令木氏としよう。あくまで“金令木”であって“鈴木”ではない。
『アンケートは責任を持って斎藤に受け渡しました。本が完成したらぜひ送ってください』
そしてさらに一週間ほど後、本当に斉藤氏から書き下ろしイラストとアンケ−トが送られてきたのである。
Q:このゲ−ムの制作のきっかけは?予想をはるかに上回るその内容に、我々は狂喜した。A:日本のゲ−ム業界を恐怖のズンドコに陥れようとしました。 理想はとても高かったが知能が低すぎた。
Q:はなしは変わりますが、制作段階でこのゲ−ム売れると思いましたか?A:変えるなよ(笑) そして、聞くな。
「まさかこんなオイシイ返答をいただけるとは‥‥」
「メーカーの社員とデザイナーからこのようなコメントをいただいたということは、この本はもう公式攻略本ということだな!」
いっそう気合を入れて本作りに取り掛かる我々。
こうして無事に同人誌は完成し、約束どおりそれをヴァージンに送ることになった。
「おかしい、鈴木さんから返事が来ないぞ。電子メール送ったのに‥‥」
仕方なく、直接ヴァージンに電話をかけるなぐら。
『・・・この電話番号は、現在使われておりません』
まるで冗談のような展開。
薔薇野郎のパッケージに書いてある住所と電話番号に従ったのに、手紙は届いて電話は通じないとはどういうことか。
その後、インターネット上で検索した結果、攻略本制作中にヴァージンは移転していたことが判明した。引っ越すことぐらいわかっていたハズなのに、『完成したら送ってください』などと言った金令木氏‥‥。さすがは薔薇野郎の関係者である。
それはさておきなぐらは、今度こそはとばかりに新たな番号に電話してみた。
『金令木は先日会社をやめましたが』
やっとの思いで這い上がったのに、また谷底へ突き落とされるなぐら。だが腐っても外報部長、必死で抵抗を試みる。
「あの、他に薔薇野郎に関係された方は‥‥?」
『全員、もういません』
関わった人間から職を奪う呪いのソフトか、薔薇野郎は。なんとなく、理由はわからなくもないが‥‥。
しかし関係者が残っていないとなると、ヴァージンあてに送られた、ソフト付属のアンケート葉書の処遇はどうなっているのだろう。疑問の残るところである。
「薔薇野郎の関係者がいなくなった今、ヴァージンなどには何の関心もないな」
「だが、これで連絡のパイプは断たれてしまったぞ。どうする?」
ここでいよいよ、下らないことに関しては天才的に頭が回る私の出番である。
「金令木さんの口振りからすると、斎藤氏はもともとヴァージンの人間じゃないんじゃないか?
・・・薔薇野郎のコピーライトには、ヴァージンの他に(C)WINDSという表記があった。
おそらくここが、害虫もとい外注の制作現場だろう。ステージ2の背景に“WINDS”というネオンサインがあったしな」
さっそく私は、インターネットイエローページで検索をかけてみた。しかしWINDSという名の企業は意外に多い。『ソフトウェア業』で絞り込んでみたが、それでも四件の候補が残った。
「よし、ここまできたらあとは手当たり次第に電話をかけるだけだ。やれ」
「またオレか?」
「外報部長だろう」
だが問題は、電話口で何と言うかである。いきなり「もしもし、そちらが薔薇野郎を作ったWINDSですか?」などと言って、もし違った場合、悪質なイタズラ電話と思われかねない。
けっきょく、「ゲームデザイナー(この呼称には抵抗があったが)の斎藤智晴という方はおられますか?」と尋ねることに作戦決定。
「もうクビになってたりして(笑)」
そんな冗談を言いつつ、なぐらは一件目に電話をかけた。
「ああ、斎藤ですか? 斎藤は・・・」
なんと、一件目から大当たりだったらしい。受話器を持つなぐらの手が期待に震える。
・・・だが、しかし。
「斎藤はすでに退社しておりますが」
頭の中が真っ白になるなぐら。
これも薔薇野郎の呪いなのか? それとも単なるやり逃げか?
ともかく、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。
「実は、これこれこういう事情で・・・」
「ああ、そうなんですか。
(イヤそうな声で)なにぶん過去のゲームですので・・・。
まぁ、いちおうウチが作ったものですから、送っていただければ、斎藤の方に届けておきますが・・・」
もはやこれ以上、手がかりはない。我々はWINDSに同人誌を送ることにした。
あまり期待はしていなかったのだが、しばらくして斎藤氏からメールが届いた。
「数年前に産んだ奇形児を“うらっ”と見せられて死ぬかと思いました。いや、実際死んだ」
・・・そして、その後も紆余曲折を経たのち、現在の『神聖バカゲー騎士団』が誕生したというわけである。全ては薔薇野郎のおかげなのだ。