魔法のプリンセス ミンキーモモ

(1992年、ユタカ発売)






今回、このファミコン版『ミンキーモモ』のレビューを書くにあたって、原作を知らない僕はソッチ方面に詳しい友人に相談してみたんです。

そうしたら、その友人が「魔女っ子アニメのエポックメイキング」とか「○○のシーンは必見」とかの語句を多用しながら、熱っぽくも理解し難い作品世界や価値観を述べ続けるんで、僕がつい


「要するに『セーラームーン』みたいな話?」


と口を滑らせてしまったところ、


「違うッ!」


と、3歳児の母親みたいにヒステリックな声を張り上げる彼から叱られました。





この「ミンキーモモ」もそうですけど、どうも僕は魔女っ子のような萌え要素を分かり易く含んだアニメを観るのが苦手で、決して嫌いではないんですけど観ていて照れてしまったり、鼻で笑ったりしてしまうんです。


ギャルゲーは大丈夫なんですが、アニメだけ何故か駄目です。
感情移入度の差なんでしょうか。


だからアレなんです。
今回、レビュー書くために見たことのない原作の概要を知るため、ファンサイトを見て回ったんですけど、あの初期「ミンキーモモ」に使われた呪文、ですか?




ピピルマ ピピルマ プリリンパッ!
パパレホ パパレホ ドリミンパッ!
















(´,_ゝ`)プッ。











一部の大きなお友達に勢いよく中指を突き立ててしまった気もしますが、今回ご紹介するソフトは『魔法のプリンセス ミンキーモモ』です。




前述の友人の語り口や勢いからも分かるとおり、本ソフトの原作は「成人男性のためのアニメ」とまで呼ばれた魔女っ子アニメの金字塔”らしい”んですが、申し訳ないですけど僕はこのアニメを見たことがありません。世代が違うんで。

ならばせめてビデオでチェックしようと思い、近所のビデオ屋へレンタルに向かったんですが、残念ながらキッズアニメの魔女っ子コーナーには『魔法の天使クリーミィマミ』しか置いていませんでした。

今回は、そういった周辺情報を知らないままの執筆となることを、読者の皆様にお詫びいたします。



代わりと言ってはなんですが、品揃えが貧相なビデオ屋には仕返しとして軽い嫌がらせを施してきました。























そんな感じで、結局アニメ版をチェックできなかった上にそれほどロリ性癖を持たない僕に、どこまで『モモ』の魅力に触れられるか分かりません。

ですが、紆余曲折の末に先ほどの友人から認定された『日本ペドフィリア検定8級』の名誉にかけて、頑張ってレビューを仕上げたいと思います。















本作は、マップを移動する「アクションシーン」と、様々なミニゲームをクリアしていく「イベントシーン」の2つで構成されています。

ストーリーは、悪の手によってモモが住む町内に散らばってしまった『ドリームパール』という宝石を探し、最終的にはそれの邪魔をするモモの敵『バグー』を倒す、という親しみやすい善悪二元論。
邪魔にならない物語は形式美としてそこに置かれています。


ちなみに、ゲーム中でモモが探す『ドリームパール』というのはモモが住む世界に伝わる秘宝で、10個集めるとどんな願いでも叶う、という激しく鳥山明ライクなもの。






↑夢の秘宝が生み出す奇跡の一例。





…ここまで、本レビューに使用した画像がファミコンジャンプビデオ屋への報復という状況に自分自身で驚きましたんで、以下真面目にゲーム内容に言及しますが、本作のストーリーの中枢を担うイベントはその『ドリームパール』を捜索するところから始まります。


ゲーム中では計8回この『ドリームパール』を拾う機会がありまして、その際にミニゲームが発生します。
それが『ミンキーモモ』のゲーム性にそのまま繋がるのですが、そのミニゲームの発生条件を満たすためのお使いイベントでは、


「電気屋の主人から、町外れにある工場の話を聞く」→
「町の住人から工場の鍵を受け取る」→
「工場のアクションステージをくぐり抜ける」→
「工場の最深部で『ドリームパール』入手」



という少々面倒なものから、


「偶然、道端の木に引っかかっているので取る」


と簡潔なものまで、大小さまざまなミニゲームやミニ操作がプレイヤーを待ち受けます。

ゲーム中での『ドリームパール』の価値も「金持ち主人の宝物」から「猫が土の中に埋めているガラクタ」と様々。

『ドリームパール』自体の値打ちも、それを手に入れるプレイヤーの手間も終始安定しません。






「道端の木に引っかかっているので取る」イベントの全容を一挙公開。








ファミコンのキャラゲーと聞くだけで、過去に痛い目を見た一部の方々ならば迷わずクソゲーの烙印を押してしまいそうですが、本作は『パズルボブル』のシステムを想起させるパズルゲームや、悩みに悩んで制限時間ギリギリに答えが分かる絶妙な難易度の間違い探しなど、良質で多彩なゲームの数々がプレイヤーを飽きさせません。


ミニゲームに到達するまでのお使いイベントの多さと、全体的なボリュームの薄さが若干気になりますが、ゲーム自体は非常に丁寧に作られていますので、薄味で軽めのゲームを楽しみたい時にはオススメです。















…えーと。


突然、自分の好みの話で恐縮なんですけど、僕は全体がキッチリと構成されたバランスの良い名作よりも、ワンアイデアが光る佳作ゲームが好きです。
予選で紹介いたしました『谷川浩司の将棋指南3』は、まさにそれの典型例ですし。

で、本作『ミンキーモモ』もそういった、全体的にはごく平凡でありながらも、ある一点に妙な見所を感じるゲームだったりします。



ではその見所とは。
つまり『将棋指南3』で言うところのスロット将棋にあたる部分とは何なのか。






答えは、このゲームの幕間に存在します。



本作では、アクションシーンからイベントシーンへ移行する際に変身シーンが挿入されます。

これこそが本作最大の見せ場であり、ある意味ではここから先こそ当レビューの本編となるわけです。




じゃあここまでのゲーム解説は何だったんだって話になりますが、まあ食玩で言うところの板ガムとかラムネみたいな物だと思っていただければ幸いです。










本作の発売時期は1992年。
1990年には既にスーパーファミコンが発売されていますんで、この頃のファミコンは成熟期、または晩年と言って差し支えないでしょう。

1992年以降に発売されたファミコンソフトと言えば、


びっくり熱血新記録』(1992年6月)、

ロックマン5 ブルースの罠!?』(1992年12月)、

エスパードリーム2』(1992年6月)


等々。



時代背景を分かり易く示すため敢えて続編モノばかり並べてみましたが、どれも名作揃いです。


ちなみに大技林を開いていてたまたま目に入った、1991年5月発売の『ファジカルファイター』は死ねばいいと思ったんですが、そんな晩期に発売された『ミンキーモモ』は、成熟した技術のほとんどをビジュアルに注ぎ込みました。









「現在のエロゲーならともかく、こんな旧世代のゲーム機が出力する映像に心動かされるはずが無い」と思いながらプレイしていた僕の眼前に上の画像が出てきて、僕の心の中で何かが蠢き出した事実を信じずにはいられませんでした。

実際、このレビューを書いている今でも、ファミコンのドット絵に対して「萌え」という言葉を使うことがゲーマーとしてのプライドに反するか否かで葛藤している自分がいます。






本作中で特に凝っている変身中のアニメーションは、動画をお見せできない以上仕方ないんで画像とテキスト、あと僕が勝手に考えた主題歌で再現しますと、







「♪あなたーのー瞳がーまぶしいのー」







「♪こんなーおもちゃじゃー何か物足りなくてー」







「♪あなたをー見つめるとー目眩がしそうー」







「♪心がー破裂しそうなのー早く大人になりたくてー」







(弟からの「変な歌熱唱してんじゃねぇよ」という苦情)









途中に余計な邪魔が入りましたが、これで本作の変身シーンのクオリティの高さは認識していただけたかと思います。

そして同時に、本作の制作に携わったグラフィッカーの『本気度』も。











しかし、僕はどうも解せません。

これを作った人はファミコン晩期のキャラゲーという、ひいき目に見ても売れる匂いのしないゲームで、無駄に実力を発揮していたんです。

何故、この力を別の場所(例えば当時既に発売済みだったスーファミ)で出さなかったのか。
そしてその力の出力方法が、なぜ「病んだ成人男子向け」としか思えないアニメーションだったのか。


そうして「アニメーションの美麗さ」「訴求対象の狭さ」について考えていると、ある一つの作品が脳裏に浮かびました。










TVアニメ版『シスタープリンセスです(リピュアの方)。




まさかビデオ屋の画像がこんな伏線になってるなんて想像してた方はいなかったでしょうけど、確かに『シスプリ』の方向性とビジュアルは『ミンキーモモ』と合致する部分があります。






「何でそんな無駄に綺麗な映像なんだ!?こんなの観る奴なんて、オタクの中でも更に限られてるのに!!」






当時の夜中2時半、僕は原作となった読者参加企画もゲームも満足に知らず、リアルタイムで観ていて驚愕しました。
あのときのショックは今でも忘れられません。

知らない方は今すぐレンタルして来てください。視聴する絶対数の少なさを考えれば、映画版FFを超える無駄な美麗っぷりといっても過言ではないです。




なるほど。つまり『ミンキーモモ』のグラフィッカーは「1992年発売でキャラゲーで美少女」という狭い枠の中で、いやむしろ狭い枠だからこそ本気を出したんですね。
このソフトを手に取る、数少ないロリオタ共を満足させるために。

素晴らしい職業意識です!





そう、『ミンキーモモ』と『シスタープリンセス』は「画像屋の意地」という点で結びついた、偉大なるロリペド仲間だったのです!!







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